大判例

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東京高等裁判所 平成5年(ネ)2743号 判決

控訴人

鈴木琢磨

右訴訟代理人弁護士

宿谷光雄

被控訴人

佐藤英一

大同生命保険相互会社

右代表者代表取締役

河原四郎

右訴訟代理人弁護士

齋藤和雄

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して金四〇〇万九一六四円及びこれに対する平成三年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

4  右2につき仮執行の宣言

二  被控訴人大同生命

主文同旨

第二  当事者の主張及び証拠関係

当事者双方の主張及び証拠関係は、原判決事実摘示のとおりであるから(ただし、原判決四枚目裏一行目の「損害の填補」の次に「(被控訴人大同生命)」を、同九行目の「証人等目録」の次に「並びに当審訴訟記録中の書証目録」を加える。)、これを引用する。

理由

一請求原因1ないし3の事実は当事者間で争いがなく、同5、6の事実は控訴人と被控訴人大同生命との間で争いがない。

二右一の争いのない事実に、〈証拠略〉並びに弁論の全趣旨を合せ考えれば、次のとおり認められる。〈証拠判断略〉

1  被控訴人佐藤は、被控訴人大同生命の東京支社に参事(同社内の成績優秀者に与えられる肩書である。)として所属する登録済みの生命保険募集人であり、変額保険の販売資格を有し、経営者大型総合保証制度の優秀モデル推進員に認定されていた。

2  控訴人は、昭和六三年当時三二歳であり、従業員三〇名ほどの富士産業株式会社に勤務し、その課長として輸入工業繊維の国内販売を担当していたが、被控訴人佐藤が生命保険募集人として控訴人の父が代表取締役を勤める富士工機株式会社に出入りしていたことから、同年二月頃被控訴人佐藤を知った。

3  控訴人は、同年三月、被控訴人佐藤から、三井物産株式会社の新聞掲載の販売広告を示され、同社の代理で米国ロスアンジェルス市内のコンドミニアム(分譲マンション)を購入すると共に被控訴人大同生命の変額保険にも加入し、値上がりしたコンドミニアムを五年後に売却し、その値上り益とその間のその賃貸料及び変額保険の払込保険料を上回る解約払戻金を得ることとすれば、資金は銀行借入れでも利益を挙げることができると、投資を勧められた。被控訴人佐藤は、同年四月、控訴人に対し、自ら作成した「『サクセス』利用のセット投資」と題する書面〈書証番号略〉を交付し、右投資の内容を具体的に説明したうえ、株式会社三井銀行から低利の融資(三井カードローン『サクセス』)を受けてコンドミニアムの購入と変額保険の加入をするよう勧めた。右書面には、具体的な数字を示しての一つの例が掲げられており、それは、およそ次のようなものであった。銀行融資を五〇〇〇万円受け、そのうち三五〇〇万円をコンドミニアムの購入に充て、五四〇万円を右融資金の利息支払いのため定期預金として留保し、残りの九六〇万円で終身一時払いの変額保険に加入する。変額保険のうち、五二〇万円は五年間据え置き、四四〇万円は三年間据え置いて、解約するが、その場合、解約払戻金が払込保険料を上回る解約による利益として、五年間据置分については、一年当たり9.14パーセント、三年間据置分については、一年当たり七パーセントを保証することができるので(この点についての同書面の記載は、横書きで、「変額保険(終身一時払い)高利回り用5年据え置き年9.14%保証」「利子支払い用年7.00%保証」というものである。)、解約による利益として合計三六七一万六〇〇〇円が得られる。コンドミニアムについては、五年後に四五五〇万円で売却して一〇五〇万円の値上り益が見込めるほか、五年間一年当たり八パーセントの賃貸料合計一四〇〇万円が得られ、定期預金の利子三〇万円が見込めるので、銀行融資の利息を支払った後の純利益が一年当たり五パーセント以上となり、更に所得税の節税分を考えると、利益が一年当たり一二パーセント以上にもなる旨記載され、末尾に、被控訴人佐藤及び被控訴人大同生命の東京支社の記名があった。

4  控訴人は、右投資に関心を持ち、三井物産からコンドミニアムについての資料と説明を受け、三井銀行から融資を得ることが可能であることが判ったので、右投資を申し込むこととし、同年六月初旬、三井物産に対し、右コンドミニアムの購入の申込みをし、同月一三日、申込金(五〇〇〇ドル)を送金するとともに、三井銀行に対し、三井カードローン(サクセス)借入申込書を提出し、同月二三日、三井銀行との間で、借越極度額六〇〇〇万円の右ローン契約を結び、同年七月九日、被控訴人大同生命に対し、各保険料二五〇万円、基本保険金額一一一一万七五〇〇円の六口の終身型変額保険契約の申込みをしたが、その直前頃に、被控訴人佐藤は、控訴人に対し、変額保険(終身型)は保険金額が資産の運用実績に基づいて増減する生命保険であって、基本保険金が保証されるだけで変動保険金には保証はなく、解約払戻金も、運用実績に応じて増減し、最低保証はなく、途中解約とくに短期解約の多くの場合は払込保険料より少額となる旨説明をし、控訴人もその説明を理解していた。

5  控訴人は、同年七月二五日、三井銀行から約三〇〇〇万円の融資を受けて右コンドミニアムの購入代金残額等(約二二万三〇〇〇ドル)を送金し、同月三〇日、右コンドミニアム購入契約が締結された。控訴人は、更に三井銀行から一五〇〇万円の融資を受け、同年八月二五日、被控訴人大同生命に右変額保険の保険料合計一五〇〇万円を払い込み、同年九月一日、被控訴人大同生命との間で本件変額保険契約を締結した。

6  控訴人は、右セット投資の申込み前、被控訴人佐藤から、右3のとおり、変額保険の解約による利益について、利回り保証の話があり、その旨が書面〈書証番号略〉にも記載されていたので、右変額保険の申込みをした頃、被控訴人佐藤に対し、右保証の趣旨を書面化してほしいと要求した。これに対して、被控訴人佐藤は、被控訴人大同生命の社名が右上部に記載された被控訴人大同生命において通常使用している横書きの罫紙に、「保証書」という表題で、「鈴木琢磨殿 保証書 大同生命変額保険終身型一時払いにご加入下さいまして、誠に有難うご座居ました。当保険は変動型でありまして、一定額の配当を確約するものではありませんが、米国ロスアンゼルス市マリーナーのコンド・ミニアム購入の借入金利の一部をカバーするため36ケ月后解約は年率7%・60ケ月后は9.14%を保証致します。解約時にその差額金を支払います。昭和63年9月6日 大同生命保険相互会社東京支社 参事 佐藤英一」と記載し、右佐藤の名前の右側に押印した書面〈書証番号略〉を作成し、同月六日控訴人に対し、これを交付した。

7  なお、被控訴人佐藤は、同時に、控訴人に対し、本件変額保険契約の保険証書と共に、「ダイドウの変額保険(終身型)」と題する二〇〇ぺージを超える冊子である契約のしおり〈書証番号略〉を交付したが、そこには、被控訴人佐藤が控訴人に対し、本件変額保険契約の申込み直前頃にした右変額保険の内容についての説明と同旨のことが更に詳細に記載されていた。

8  控訴人は、平成三年一〇月一五日、本件変額保険契約の全部を解約し、同年一一月一三日被控訴人大同生命から、解約払戻金一四一四万〇八三六円(配当金八一一二円を含む。)の払戻しを受けた。

三募取法一五条二項は、募集文書図画には、保険会社の将来における利益の配当(株式会社の場合)又は剰余金の分配(相互会社の場合)についての予想に関する事項を記載してはならないと規定し、募取法一六条一項四号は、生命保険募集人等は、保険契約者等に対して特別の利益の提供を約し、又は保険料の割引、割戻その他特別の利益を提供する行為をしてはならないと規定し、これら規定の違反については、罰則の定めがある(募取法二二条一項三、四号)。また、募取法二〇条一項は、生命保険募集人等が募取法又は募取法に基づいて発する大蔵大臣の命令若しくは他の法令に違反したとき、その他募集に関して著しく不適当な行為をなしたと認められるときは、業務の停止又は登録の取消の処分をすることができると規定している。更に、〈証拠略〉によれば、「変額保険募集上の留意事項について」(昭和六一年七月一〇日蔵銀第一九三三号各生命保険会社社長宛大蔵省銀行局長通達)は、変額保険が資産運用のリスクを保険契約者に負担させるため、定額保険以上に慎重な募集対応が必要であるとして、募取法の規定の趣旨を踏まえ変額保険の募集に当たっての禁止行為として、将来の運用成績についての断定的判断を提供する行為、保険金額あるいは解約返戻(払戻)金額を保証する行為等を掲げていることが認められる。

被控訴人佐藤は、右一の3のとおり、昭和六三年四月、控訴人に対し、本件変額保険の募集に当たり、変額保険の解約払戻金に関し、払込保険料を上回る一定額が保証できる旨記載した書面〈書証番号略〉を交付し、同旨の説明をし(以下この保証を「甲四の保証」という。)、また右一の6のとおり、本件変額保険契約締結前の控訴人からの要求に基づき、その締約直後の同年九月六日、控訴人に対し、改めて右の保証をする旨記載した保証書〈書証番号略〉を交付している(以下この保証を「本件保証書の保証」といい、甲四の保証と併せて「本件保証」という。)。

被控訴人大同生命の生命保険募集人である(右一の1)被控訴人佐藤が行った本件保証は、文書でされ、その文言上は、剰余金の分配の予想に関する記載はないが、本件変額保険の解約払戻金の保証をしているものと解され、また、その将来の運用成績の断定的判断を含む面もあるといえるし、本件保証書の最終文言(右一の6)は、解約払戻金がそのに掲げられた見込みを下回ったとき、控訴人に特に差額金を払うという趣旨であれば、特別の利益の提供の約束といえる。そうすると、被控訴人佐藤の行為は、募取法一五条二項には該当しないが、募取法一六条一項四号には該当する余地があり、また、募取法の趣旨に反する(右通達参照)著しく不適当な行為であり(募取法二〇条一項二号参照)、これによって、保険契約者である控訴人に損害を加えたことがあるとすれば、被控訴人佐藤は民法七〇九条により、被控訴人大同生命は募取法一一条一項により損害を賠償する責任がある。

四ところで、控訴人は、右一の2のとおり、従業員三〇名ほどの会社の輸入工業繊維の販売を担当する課長職にあり、また、右一の4のとおり、海外不動産投資により利益を挙げようとしているほどの者であるから、一般に、投資では、利益の多いものは、それに応じて危険も多いということを充分知っていたものと考えられる。そして、右一の4の末尾部分のとおり、被控訴人佐藤から、変額保険の内容について説明を受け、それを理解していたのであるから、変額保険を数年程度の期間で解約すれば、損害を被る可能性が相当にあることも判っていたものと推認されるし、また、控訴人は、変額保険契約のような、保険会杜と多数の加入者との間で結ばれ、かつ、一定の危険を伴うものについて、保険会社は、ある特定の者に対してのみ、特別の利益を供与し、又は、供与する約束をすることは許されず、仮にそのようなことが許されるとしても、それは極めて例外的な場合に限られるといったことを、常識として知っていたものと考えられる。そうすると、控訴人は、本件変額保険契約を三年ないし五年後に解約した場合の解約払戻金が、本件保証に掲げる見込みを下回ったときに、被控訴人大同生命として、特定の者のみに対し、それを填補し、あるいは、その約束をすることは原則として許されず、まして、生命保険募集人である被控訴人佐藤が被控訴人大同生命の代理人等として右填補の約束をすることが許されないといったことは、知っていたものといわなくてはならない。

ただ、当時の経済情勢等からすると、変額保険の解約払戻金について、本件保証に掲げる見込み程度は相当の確実性をもって見込むことができたともいえるし、〈証拠略〉によると、被控訴人佐藤は、変額保険はまだ我が国ではほとんど実績がないが、米国では一七年を経ており、年一四パーセント運用実績があるという知識をもっており、また、被控訴人大同生命の関連会社の大同生命投資顧問株式会社の神田常務取締役が、その頃他の顧客に対し、最低年七パーセントの利益を挙げることができると明言していたのを聞知し、それを信じていたことが認められる。そうすると、被控訴人佐藤は、ある程度の合理的な理由のもとに、本件保証に掲げる見込みは確実なものであると信じたうえで、本件保証に及んだものということができ、そこに掲げる見込みを下回る結果が出るということはおよそ考慮になかったものと考えられる(原審で被控訴人佐藤は、本件保証に掲げる見込みを下回る結果につき、被控訴人佐藤として控訴人にこれを補填しなければならないと解されるがごとき供述をしているが、これは確実と思っていた見込みに反する結果が生じた後の被控訴人佐藤の考えであり、本件保証をした当時の考えとは思われない。)。

これに対し、控訴人は、本件保証に掲げる見込みが、相当の確実性のあるものであるが、なお、右見込みを下回る結果が生ずることもあると考えていたと思われる。しかし、前述のように、控訴人は、被控訴人佐藤が、本件保証に掲げる見込みを下回る結果となった場合に、被控訴人大同生命の代理人等としてこれを補填する約束をすることはできない(その権限がない)ことを知っていたものといえることからすれば、本件保証には、確実性のある見込みがうたわれているものの、これによって、右見込みを下回った場合に、被控訴人大同生命から補填を受けることができるとは認識していなかったものというほかはない。甲四の保証があるにもかかわらず、更に、本件保証書の交付を求めたのは、被控訴人佐藤の見込みの確実性を改めて確認するといった趣旨であると考えられるのである(本件保証書は、本件変額保険契約の締結後に授受されているところ、原審で控訴人は、被控訴人佐藤が本件保証を書面化したものをすぐ用意するから、先に締約して貰いたいとの言葉を信じたためであると供述しているが、仮に本件保証書の保証が、被控訴人大同生命の填補約束までも含むものであるとすると、締約後の授受は如何にも不合理であり、このことも右保証が補填約束を含むものであるとは考えていなかったことを示すものであるといえる。)。

以上によると、控訴人は、本件保証の掲げる見込みを相当に確実性を有するものと考えたことは認められるが、いわばそれを重要な資料として、しかし、最終的には自己の才覚に基づき、本件変額保険契約を締結したものということができるから、右見込みを下回る結果になった場合の危険は自ら負担する意思のもとに、右締約をしたものというべく、したがって、控訴人は、本件変額保険の運用実績が右見込みを下回ったからといって、被控訴人らに対し、損害の填補を求めることはできないものというべきである。

五よって、控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却すべきであり、これと同旨の原判決の結論は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官大前和俊 裁判官伊藤茂夫)

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